キリスト教には天使学というものがある。
長き歴史に渡り、キリスト者が聖書を元に探求したものではあるが、啓示や幻から起こされたものや、実際に天使によって教えられたと主張する内容もある。
が、概ね、カソリック・プロテスタントに限らず、キリスト教全体でなんとなくコンセンサスがとられた内容というものは整理されつつある。
深いところには触れぬが、現代ファンタジーで知られている天使と、実際の聖書に出てくる天使との違いについて簡単に触れるのじゃ。
まず天使というのはフィクションでは強大な力を持っていたり、人間を凌駕したり、時には人間と対立した存在として描かれることがあるがそれらはすべて間違いじゃ。天使という名の通り神の使いではあるものの、実は天使は人間に仕える存在なのがポイントじゃ。むろん強大な力を有しておる者もいるが、それらは「神の意志」を実現するための力であり、人間と対立したり天変地異を起こしたりするためのものではないのじゃ。ちなみに「神の意志」はキリスト教では「御心」と言うことが多いぞよ。
あの有名なルシファーが堕天使となる云々も、被造物である人間に仕えなければならないという部分に躓いて離反したのではないかという説もあるくらいじゃ。この件は天使よりもあとから生まれてきた人間になぜ天使が仕えなければならぬのかという部分よりも、神が天使よりも人間を取り立てた(贔屓した)部分に憤慨して離反したと見る研究者もいるようじゃ。
というわけで天使たちは人間の力になりこそすれ、敵対する存在には決してならぬ。それはたとえ人間が神の意志(御心)に背いたとしてもじゃ。もちろん、背いた場合は天使は助けてはくれぬ。助けてはくれぬが、背いた人間に対して何か懲罰をくわえるというようなこともせんのじゃ。それは人間の自由意志というものが関係しておる。人間には自由意志が与えられておっての、神は人間たちが自主的に神の道に歩むことを望んでおられるのじゃ。そしてそれと対象的に天使には自由意志は与えられておらんことも知っておくと良いぞ。
もし人間が御心に背くたびに天使が懲罰を与えておったら、今頃人間は絶滅しておるじゃろうのう。
そして人間が御心に従うなら、天使は大いに力を貸してくれるのじゃ。それこそ山をも動かすほどの力を惜しみなく授けてくれるじゃろう。じゃが残念ながら人間の意思と神の意志が一致することはあまりないようじゃ。それは歴史が示しておる。
最後に、現在キリスト教でコンセンサスがとれている天使の大きな特徴として、天使には男しかおらんということじゃ。はて、これはどういうことじゃろうのう?