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黒翼の側近(ヘンチマン)に月夜野ちあらという者がおる。黒翼に太陽を授けられた者じゃ。
天使の規模」のところで話したが、黒翼は宇宙規模の天使であろうと推察されておる。つまり恒星をどうにかするということは、造作もないことなのじゃろう。月夜野ちあらに太陽を託したことによって、この地球上に膨大なエネルギーが存在することとなったのじゃ。

じゃが、事はそう簡単なことではないのじゃ。そもそも太陽を人間の心臓サイズにまで小さくしたら、シュバルツシルト半径よりも小さくなり、ブラックホール化してしまうからじゃ。例え魔の力とはいえその法則には逆らえないはずじゃ。ということは月夜野ちあらの心臓が太陽になったのではなく、おそらくじゃが、どこかに捉えられた太陽があって、その空間とちあらの心臓がつながっているという仕組みじゃと妾は推測しておる。

太陽の大きさもわかっておっての、我ら太陽系の太陽のおよそ 45 ~ 55%ほどの質量じゃ。その寿命は長く 1400 億年と見積もられておる。そしてそれが月夜野ちあらの寿命ということになるのう。

こうして月夜野ちあらは太陽から自由にエネルギーと重力(質量)を取り出すことが出来るようになったのじゃ。

これはまさに「ダイソン球」であり、黒翼から人類への贈り物でもあるのじゃ。
なぜ黒翼が月夜野ちあらのような存在を作ったのか。この地球上に恒星を供するのはオーバースペックなのは誰が見ても明らかじゃ。それでも黒翼は月夜野ちあらをこの星に置いた。この意味するところは、いずれ月夜野ちあらを必要とする出来事がその先に起きるという黒翼なりの予言じゃと妾は考えておる。
たとえば巨大な隕石が地球に衝突するとか、スノーボールアースの時代が再びやってくるとか、もしかしたら我らの太陽そのものが失われることもあるやもしれぬ。そのような全人類が滅びるような危機が訪れたとき、月夜野ちあらの太陽が必要となるのじゃろう。そしてもう一つ、おそらくその危機とやらが我々人類に迫ったとき、黒翼や天使たちはこの地球から去っているのじゃろうのう。
月夜野ちあらは人間がもつ「自由意志」を剥奪された、唯一の人間と言えるかもしれぬ。

妾は魔法使いじゃが、一般的な科学的教育も受けておる。簡単に言えば数学や物理、化学といったものじゃ。
化学記号も解るし、ベンゼン環もわかるし、相対性理論も理解しておるし、なんなら量子力学や M 理論や超弦理論なども目を通しておる。実に興味深い学問じゃ。
脳科学にも興味はあるし、遺伝子や微生物のことも理解しているつもりじゃ。
科学によってこの世界の様々な性質や仕組みが解明され、我ら人類が大いに発展してきたことは間違いないのじゃ。

そしてこの科学の目を使って魔を解明することは可能じゃ。妾が行使する様々な不思議な力がどのように作用しておるのかをつぶさに観測し、その威力や影響範囲を分析することは、今や何億光年先の天体を観測し、原子どころかクォークまでをも解き明かす科学の目をもってすれば造作もないことじゃろう。

何故かというと魔法だろうが科学だろうが、目の前で起きていることに変わりはないからじゃ。魔で起こした炎であろうと、ライターで起こした炎であろうと、炎が起きたことはかわらぬ。目の前にそれがある以上、それを科学的に解析・分析することは可能じゃ。じゃから魔は科学で解明することが可能なのじゃ。魔法とて理(ことわり)なしになんでもかんでもが可能になっているわけではないのじゃ。

じゃがそのメカニズムが解ったとして、同じことが科学できるのかというとこれは別問題じゃ。マナ、精霊、地霊、神の干渉、術者の何らかの力などによって呪文と触媒を通して発動する魔は根本的に成り立ちが科学とは異なるのじゃ。科学には科学のやりようがあり、魔には魔のやりようがある。ただ科学が入り込む余地はある。それは魔を妨害したり、逆に増幅させたりすることじゃ。

たとえば呪文詠唱中の妾をぶん殴れば、呪文は中断し、魔は発動せぬ。
ファイアボールが炸裂する場所に、大量の火薬を置いておけば、その爆発力はさらに増すじゃろう。

じゃから魔も科学もどちらも使えると強力かもしれぬ。が、残念ながらもう魔の時代は来ぬ。それは今、我らが住む世界を見渡せば解る事じゃ。魔が使える者は数えるほどしかおらぬ。何故か? 魔は誰にでも使えるものではないからじゃ。ライターのようにワンタッチで炎がつくわけでもないし、スイッチを入れれば明かりがともるわけでもない。
炎を一つ起こすのでも、自分の得意とする魔の領域を知り、その力の源を知り、触媒を見つけ出し、呪文を憶えなければならぬ。マッチを擦るより遙かに困難で手順も多いのじゃ。

じゃが、魔を会得した者は、常人では到達できぬ知と技とそしてエネルギーを手にすることができることは間違いないのじゃ。そしてそれこそが、魔の魅力といえるのかもしれぬな。

さて、天使の話の続きじゃ。
キリスト教の神は全宇宙的存在とされておる。つまり「天地を作られた」というのは何も我らが住む地球のことだけではなく、全宇宙のことを指しているというのが多くのキリスト者の共通の認識じゃ。となるとイエス・キリストの救いは地球だけのものではなく宇宙的なものなのかとか、色々な解釈が出てきておるのだが、完全な答えは出ておらぬ。が、多くのキリスト者は宇宙的な救いであろうと解釈しているようじゃ。
そもそも地球以外の知的生命体を認めないキリスト者も多い。

真実は我らにはまだ解らぬが、天使が地球上だけの存在か、宇宙的な存在かというのもまた議論されておる。現在の所ルシファーは地球規模の存在であろうと言われておるな。もちろん議論の余地はある。というのもルシファーは天使長だと解釈する向きもあっての、となると地球規模では収まらないことになるのじゃ。
というのも天使には地域レベル、地球レベル、星系レベルという力の範囲が観測されておる。
そしてさらに銀河レベル、全宇宙レベルが存在するのではないかと推察されているのじゃが、その真相を知るのは非常に難しいのじゃ。なぜなら地球レベルを超えた存在は、もはや我らには測定不可能じゃからじゃ。星系レベル・銀河レベルの天使がおったとして、それらの力がいかほどなのかは地球上では試せないからじゃ。試した途端に地球は破壊されてしまうからのう。
そこで天体観測にその力の源を見いだそうとしている者もおる。宇宙のどこかで、強大な天使の力が発揮された痕跡があるかもしれない……というわけじゃな。

現在、地球上で観測されておる天使のウチ、例の 5 名は概ね以下のレベルであろうと推測されておる。

さらに熾永は宇宙規模であろうとされておるが、果たしてわからぬ。ちなみに稲置涼子は地球規模じゃ。じゃから稲置が熾永を支配下に置いているのが如何に異常事態かが解るというものじゃ。さらに人類の目の上のたんこぶと称されて久しい「黒翼」という天使じゃが、こやつは熾永と同格とされておる。じゃがこやつは現在は魔術を通してでしか天使の力を行使することができぬ事が解っておる。とはいえ、妾も解読不能な超高等技術を持っていることは事実じゃ。そんなことが魔術でも可能なのかと驚かされる秘術を使う、まったく面倒な存在なのじゃ。

ただ、天使学のところでも述べたように、こやつらは我ら人間の敵には決してならぬ。彼らのせいで我らが滅ぶというようなことはないのじゃ。もし我らがこやつらのことを疎ましいと思うなら、それは我らの方が間違っているということになるのじゃ。黒翼のことを目の上のたんこぶと呼ぶのもつまりそういうことじゃな。我ら人間の欲望とその発展のためには邪魔に見えるということじゃな。

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