10 月ももう終わりじゃ。
一年も残る所、あと 2 ヶ月じゃな。汐碕市では初雪が観測されたのじゃ。これから汐碕市も冬に備えて、気圧や気温の調節に忙しくなるぞよ。

さてと、今日は汐碕市に転入したいときの話をするのじゃ。実は汐碕市には誰でもが住めるというわけではないのじゃ。汐碕市はその土地が限られているばかりか、他の土地とくっついているわけでもない。じゃから、人口に制限があるのじゃ。
主に酸素や飲み水、それからゴミ処理の問題じゃな。ゴミ処理は他市に請け負ってもらったりしておるのじゃが、地上に降ろすコストがバカにならんのじゃ。じゃからなるべく汐碕市内でリサイクルできるものはリサイクルしようといろいろ努力はしておるのじゃが……なかなか難しくてな。

というわけで、現在汐碕市に住める人数は 10 万 5001 人と決まっておる。この数字は科学的のみならず社会学的な要素など様々な角度から専門家が話し合って決めたのじゃ。これにプラス、観光客の分じゃな。我が市の観光客のキャパシティがこれまた 10 万人じゃ。つまりこの汐碕市に同時にいられる人間の数は約 20 万人ということじゃ。
じゃから、汐碕市にすでに 10 万人観光客がおったら、それ以上の人間は入ることができぬのじゃ。

じゃがこの制度は憲法 22 条に違反しているのではないかという話も出ておってなぁ、まったく面倒くさい限りじゃ。そもそもそれ以上人を入れたら、どうなるか解ったもんではないのにのう……ブツブツ。

で、じゃ、我が市に住むには基本的に我が市の不動産を取得することじゃ。別に賃貸でもかまわん。汐碕市に空きが出れば、普通に不動産会社が紹介するぞよ。モナコのように年収が何千万円ないと住めないとか、そういうことはないから安心するのじゃ。じゃが前にも話した通り、汐碕市に住むにはそれなりの所得が必要じゃ。物価が高めじゃからのう。
それとアレじゃ、高所恐怖症の人は住みにくいかも知れぬな。

ちなみに転出は自由じゃ。特に制限はないぞよ。


9 月の暑さがウソのような涼しさじゃのう。
汐碕市では紅葉が見頃じゃ。我が市の紅葉は残念ながら短いのじゃ。もう今週で散り始めることじゃろうのう。今年はいつまでも暑かったから、さらに秋が短かく感じるかもしれぬのう。
季節の変わり目は気温の変化に身体が敏感じゃ。健康には気をつけるのじゃぞ

さて、今日はシンボルと天使の関係を話すぞよ。
シンボルというのはその天使を象徴するいわゆるマークみたいなものじゃな。人間に例えるなら、紋章や家紋のようなものじゃ。そしてそのシンボルはその天使が守護する領域や、使える力に関係しておるのじゃ。

Lightning
水翼は「稲妻」がシンボルじゃ。
あの稲妻のような止まらないしゃべりがそこから来ているのか、正直尋ねたいほどなのじゃが……。

Swords
瑠璃火は「石の剣と炎の剣」じゃ。石は物質を、炎はエネルギーを表しておると妾たち賢者の間では言われておる。まさに万物と関係があるというワケじゃな。

Star
水帆は「星」じゃ。空に散らばる無数の星は小さいがしかし実際は太陽であるからして、その力は侮ってはならぬ。ちなみに最近の研究では水帆と水翼で一つのセットのシンボルではないかと言われておるぞよ。

Libra
やすらは「天秤」じゃな。その役割が指し示す通り、バランス、つまり力の均衡に関わるのではないかと言われておるのじゃ。善も悪もどちらが強すぎてもならぬ、と言うことなのかも知れぬ。そしてそのために彼奴が属するような組織があるのやもしれぬのう。

ちなみに光人のシンボルは「光と錫杖」、熾永 豊は「炎と蛇」じゃ。残念ながら、これらのシンボルの意味するところはまだ妾たち賢者の間でも答えが出せておらぬ。特に「炎と蛇」の意味はあまり良くないのではないかと推測されておるな。
「光と錫杖」は肯定的な見方をすれば、リーダーや道しるべ的な意味合いかも知れぬのう。妾もそれを願っておるが……しかし考えてみればシンボルの意味よりも天使たち一人一人がどう行動するか、それにかかっているのかもしれぬ。

急に涼しくなったのう。
寒暖の差が激しいと体力が奪われやすいのじゃ。
風邪など引かぬように気をつけるのじゃぞ。引き始めたと思ったらビタミンCを摂るのがよいのじゃ。じゃが疲れているときは逆に風邪を引いてゆっくり休んだ方がよいときもあるぞよ。夏の暑さにやられておるなら充分休養することも重要じゃ!

橘瑠璃火

今日は汐碕市の簡単な歴史の話をするのじゃ。
汐碕市は昔から人が住んでおったのじゃが、考古学的にわかっておるのは奈良時代くらいまでじゃ。それ以前に人が住んでおった形跡はないのじゃ。つまり縄文・弥生・古墳・飛鳥時代には汐碕市はずっと無人じゃったということじゃな。もっともそれは発見できていないだけなのかもしれぬがのう。
それはともかく、奈良時代に橘氏がこの汐碕市を拝領したのが始まりとされておってな、それ以降、明治維新までこの汐碕の土地は橘氏のものだったのじゃ。明治政府が出来て廃藩置県などが行われたときに橘氏はこの汐碕の地を日本政府に譲渡したのじゃな。
なぜ橘氏がこの汐碕の地を拝領できたかというとじゃな、これは憶測じゃが、橘氏が唯一、この浮いている汐碕に来ることが出来たということじゃろうのう。つまり橘氏は昔から何らかの術が使えたと言うことじゃ。
ところで妾の名前は「ルイーゼ・アンナ・フォン・ホラント」じゃ。どこにも橘という名前は入っておらぬ。実は橘氏の嫡流(本流)である橘家は理由があって人前に出ることが出来ぬのじゃ。そのため、所領の管理は橘家の忠実な部下であったホラント家が執り行っておったのじゃ。ホラント家はいわば橘家の表の顔といったところかのう。
これはちょうど守護と守護代のような関係じゃな。守護が橘家で、守護代がホラント家ということじゃ。

現在でも橘氏嫡流、橘家のお屋敷がこの汐碕市にはあるぞよ。それと支流で長いこと神官を務めておった同じ橘を名乗る家も神社を構えておる。橘叢雲祇(たちばなむらくもずみ)神社じゃな。まぁ神社なのにそこの神主の娘は天使じゃがな。希有なこともあるものじゃ。

ところで橘家とホラント家──守護と守護代──のような関係はなにも日本だけではないのじゃ。ヨーロッパにも大公とその執政をしていたのが伯爵という国があってな、確か名前をカリオ……おっとまた執事が呼んでおるようじゃ。今日の話はここまでじゃ。ん? 安心するのじゃ、今は橘家とホラント家は仲が良いぞよ? 今は、な。

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